養老町の歴史文化資源の発見・普及を目指して設立した当ホームページは、「私たちが暮らす養老町への関心を喚起すること」を目的に運営しています。

養老町の歴史文化資源

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養老公園の金刀比羅神社。

2013.05.21

kouenkonpira.JPG

 

養老神社の西側に鎮座している金刀比羅神社ですが、以前は、養老町飯ノ木の源氏橋付近にあったことを教えていただきました。

 

金刀比羅神社といえば、一般的には、航海安全の神様としてよく知られており、なぜ養老公園にあるのか、以前から不思議に思っていたのですが・・

源氏橋付近なら、理解しやすいですよね。

 

少しお話を伺ったところ、どうも、お世話されずに放ってあるのを、養老公園で土産物を売っておられた方が見かねて、金刀比羅神社に縁の深かった養老町大場の方に相談したことが、養老公園に遷座する契機であったようです。

その後は、毎年4月8日に、例祭も行われているみたいですね。

 

ただ、飯ノ木で、このことを覚えておられる方が見つかっておらず、どうして飯ノ木でお世話されていなかったのかが分かっていません。

とりあえず、もう少し、いろいろな方に、このことを尋ねてみようと思っています。

平成25年の高田祭が終わりました。

2013.05.20

h25takadamaturishuuryou.JPG

 

昨日、無事に高田祭が終わりました。

 

心配された天気ですが、やはり本楽の日の午後からは、雨が降りはじめてしまいましたね。

そのため、楽しみにしていた午後の奉芸を見ることはできませんでした。

 

とはいえ、予想通りの雨に対し、大切な見送り幕や人形を手際よく外し、さっさと倉へ戻った前の2輌と、本楽の午後には常に最後尾から出発するため、シートを掛けてから倉に戻った神楽獅子車山の違いは印象的でした。

 

前の2輌が1年毎に順番を変えるのに対して、神楽獅子車山の順番は最後尾に固定されているので、やむを得なかったんでしょうね。

晴れているときには気づかないことでした。

 

ただ、来年は、天気のいい高田祭を楽しみたいです。

ハルジオン。

2013.05.17

harujionyoro.JPG

 

5月も後半に入り、町内のあちこちでハルジオン(春紫苑)を見かけるようになりました。

 

養老町に限らず、どこででもよく見かける花で、雑草というイメージが強いですが、まとまって咲いているとけっこうきれいですよね。

 

そんなハルジオンですが、最近この花に見た目がそっくりなヒメジョオン(姫女苑)という花があることを知りました。

 

葉が多いかどうかや、茎の分かれ方など、細かい見分け方もあるようですが、決定的な方法は、茎を折ってみて、その断面が空洞かどうかで、空洞ならハルジオン、そうでなかったらヒメジョオンだそうです。

 

早速、実際に確かめてみると、この時期に咲いているのは全てハルジオンで、ヒメジョオンはまだつぼみだということが分かりました。

 

面倒な庭の草むしりも、このことで、ちょっとだけ楽しみになりました。

 

明後日から、高田祭がはじまります。

2013.05.16

takadaH25layar.PNG明後日から、高田祭がはじまります。

 

今年は、高田祭が本来行われていた日である、5月18・19日の開催。

これによって、何か変化があるわけでもないのですが、平成14年(2002)以来のことなので、ちょっと特別な気がしますよね。

 

この高田祭にあわせ、養老町教育委員会でも、「タギゾウくんの養老ナビ」に情報を登録しました。

 

日曜日の天気がすこし心配ですが、ぜひ、この週末は高田祭にお出かけください。

 

 

 

 

 

薩摩誉。

2013.05.15

satumahomare.jpg

 

昭和の初め頃、養老町大場の木村製菓さんでは、薩摩誉(さつまほまれ)という薩摩義士顕彰会御用達のお菓子を作っていました。

 

これは、煎った大豆を、蜜ときな粉に何度かくぐらせ、最後に五色の砂糖をまぶして作るお菓子で、現在の店主の祖父にあたる木村作造さんが開発しました。

 

全国菓子飴大博覧会で銀杯を受賞するほどの自信作で、商標登録され、鹿児島にも送られていたみたいですね。

 

しかしその後、昭和34年の集中豪雨で、商標は流されてしまい、今では、このお菓子も作られなくなってしまいました。

さみしいことですが、和菓子を取り巻く状況を考えると、やむをえない判断だったようです。

 

ただ、銀杯を受賞したときのメダルだけは、どこかにしまってあるそうなので、できれば次の機会に見せてもらえるとうれしいです。

島田のお地蔵さま。

2013.05.14

simadaigutijizoudo.JPG

 

高田橋の南に、きれいな顔立ちをしたお地蔵さまがいます。

 

毎朝、通勤で必ず通る場所にお堂があり、以前からその由来が気にはなっていたのですが・・

 

先日、やっと地元の方から、お話を伺うことができ、その優美な姿からは想像できないくらい、このお地蔵さまに、いろいろな変化があったことが分かってきました。

 

はっきりしないところも多いのですが、このお地蔵さまは明治の後半に、水害で流れてきたか、置き忘れられたかで、牧田川堤防にあったところを発見され、しばらく個人でお守りされていたのですが、その後、お世話が大変になり、地区でお守りされるようになります。

 

そして、次に集中豪雨に見舞われ、木造のお堂が流され、さらにこのときお地蔵さんの首も折れてしまいます。

また、この頃から、右手にまた錫杖をもつようになり、さらに少したった昭和40年頃には、お堂が木製からコンクリート製に改築されたそうです。

 

約100年のことだと思うと、ずいぶんな苦労と変化ですよね。

しかし、当のお地蔵さまのお顔には傷一つ無く、少しもそんな雰囲気がありません。

 

いずれにせよ、よく分からないところも多く、9月1日には毎年お祭りをしていることも教えていただいたので、もう少し情報収集を続けていこうと思います。

 

なお、この情報は「タギゾウくんの養老ナビ」にも登録してありますので、興味のある方はぜひ一度お参りに行ってみてください。

 

simadaigutijizou.JPG

広幡小学校のヒトツバタゴ。

2013.05.13

hirohatanannjamonnjaW300.JPG

 

広幡小学校の校舎と体育館の間の、ヒトツバタゴ(ナンジャモンジャ)が見頃を迎えています。

 

そのため、この情報を「タギゾウくんの養老ナビ」に登録しました。

広幡小学校の校舎が新築されてから、植えられたもののようなので、それほど大きくはありませんが、たくさんの白い花を間近で見ることができるので、ぜひ一度、現地を訪ねてみてください。

昨日の須恵器。

2013.05.10

hasouizumimati.JPG

 

昨日紹介した、須恵器のハソウですが、今日早速、養老町泉町で見つかったように思うとの追加情報をいただきました。

 

過去の養老町教育委員会の調査では、養老町泉町で古代の遺跡を確認できていないので、ひょっとしたら新しい発見につながるかもしれませんね。

あまりはっきりとは思い出せていないようでしたが、とりあえず近いうちに現地を確認してこようと思います。

須恵器のハソウ。

2013.05.09

hasou130508.JPG

 

昨日、たまたま別件で伺ったお宅で、昔の水道工事の際に出土した須恵器(すえき)を見せてもらうことができました。

ちなみに、須恵器というのは、主に古墳時代から平安時代にかけて、登窯で焼成された青色の焼き物のことです。

 

現在のように重機を使わず、まだ手堀りで水道工事を行っていたころに出土したそうで、養老町のものであることは間違いなさそうなんですが・・

「養老だったか・・多芸だったか・・」という感じで、残念ながら、詳しい出土位置までは覚えておられませんでした。

 

小さな壺に、注ぎ口がついた「ハソウ」と呼ばれている器種で、平底に高台をもつことから、だいたい7世紀の終わりから8世紀くらいのものだと思いますが、どこで見つかったかが重要ですよね。

 

「覚えている人がいるかもしれないから聞いてみる。」とおっしゃっていたので、朗報を待ちたいと思います。

ミツバチの分蜂2。

2013.05.08

mitubatibunpou130508.JPG

 

昨日、養老町立東部中学校の近くで、ミツバチが分蜂しているとの情報をいただきました。

 

前回の確認情報も東部中学校でしたが、そのときは分蜂に適さない10月末だったため、その後うまく越冬できたのか心配だったのですが・・

 

たぶん、大丈夫だったということなんでしょうね。

少し、ほっとしました。

田中道麿翁顕彰碑設置工事。

2013.05.07

mitimarohikonnryuu.jpg

 

先日、田中道麿翁顕彰碑の設置工事の様子を撮影した写真を見る機会に恵まれました。

 

これまでには、除幕式を撮影した写真しか見たことがなかったので幸運でした。

荷車とチェーンブロックを使って、建ててますね。

 

写真に日付はありませんでしたが、顕彰会を設立した昭和32年(1957)7月から、除幕式が行われた昭和32年10月4日の間のものだと思います。

また、右端には、神官さんも写りこんでおり、最初の頃の顕彰祭が、現在のような仏式ではなく、神式であったことも分かります。

 

どうも昭和53年あたりから、仏式に変わったみたいですね。

ただ、経緯はよくわかっていません。

 

役員の改選があったようなので、そのせいかもしれませんね・・

山田貞策さんの情報収集3。

2013.05.02

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今年度、養老町教育委員会では、山田貞策さんの生涯をまとめた冊子作成を予定しています。

 

山田貞策さんは、慶応3年(1867)に養老町大巻に生まれ、昭和19年(1944)に亡くなられるまで、薩摩義士顕彰会の設立をはじめ、様々な社会貢献を行ってきた人物。

 

特に、明治39年(1906)からは、約30年の歳月をかけて、福島県相馬地方の八沢浦干拓事業に力を尽くしました。

このときの拠点は、あくまでも養老にあり、村会議員や村長などを務めながらのことで、お婿さんや息子さんの助力があったとはいえ、大変な苦労をされたみたいですね。

 

先週、そんな福島県の八沢浦を、現地確認と情報収集の目的で尋ねることができました。

 

現地は、2年前の東日本大震災に伴う大津波で大変な被害を受けており、様々な課題が山積していましたが、地元の方には、大変丁寧に、山田貞策さんに縁のある場所を案内して頂くことができました。

お忙しい中、本当にありがとうございました。

 

そのおかげで、当初予定していた山田貞策さんに縁のある場所を、全て確認することができたほか、池辺村の最初の排水機を造った出崎榮太郎さんのお墓を見つけることもできました。

 

上の写真は、そんな山田貞策さんに縁のある場所の一つで、八沢浦干拓地の総鎮守である「山田神社」を撮影したものです。

 

この山田神社は、昭和16年(1941)に、山田家の名を、八沢浦に残そうと建てられた神社で、昭和58年(1983)には八沢浦排水機の側に遷座されていたのですが・・

 

2年前の大津波で流出し、昨年、山田家の邸宅跡に再建されました。

 

これらの詳細については、冊子にまとめることになりますが、取り急ぎ、山田神社のみ「タギゾウくんの養老ナビ」に情報登録しました。

養老町からはずいぶん距離がありますが、もし福島県を訪れる予定がありましたら、ぜひ八沢浦へも足を運んでみてください。

 

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↑ 大津波で流出した山田神社の社標。 

田村を見守るお地蔵さま。

2013.05.01

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養老町田には、田村を見渡すように建てられていた地蔵堂があります。

 

いつ建てられたのかがよく分かっていませんが、水の事故が多かった田村で、子ども達を見守ってもらうために、旧十三ヶ村排水路の堤防中段に建てられたみたいですね。

その後、昭和62年の県道小倉烏江大垣線の改良工事の際に、西へおよそ40mの現在地へ移転されました。

そのときには、お堂も新しく建て替えたそうです。ちなみに、移転前と後で、大きさは変わっていないようでした。

 

この情報は、「タギゾウくんの養老ナビ」に登録してあります。

8月24日に地蔵祭り、1月24日には初地蔵も行っているそうのなので、ぜひ一度現地を訪ねてみてください。

若松屋の大藤。

2013.04.30

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昨年、ご紹介した大巻薩摩工事役館跡の藤ですが、これが若松屋の大藤であることがわかりました。

 

移転に携わった方から、直接お話を伺うことができたので、間違いないと思います。

ちょうど、今が見頃ですので、ぜひ現地を訪ねてみてください。

六丁鎌。

2013.04.26

rokutyogama.JPG

 

先日、日吉地区のレンゲについてお話を伺っていて、レンゲの刈り取りに適した専用の鎌があることを知りました。

名前は「六丁鎌」というそうです。

 

私は、この名前だけでは、普通の鎌と何が違うのか、よく分からなかったのですが・・

見れば、納得の形態でした。

 

養老町橋爪で50年ほど前に実際に使われていたもので、養老町内の近くの鍛冶屋さんに、注文して作ってもらっていたそうです。

 

そのため、個人個人で少しずつ注文に違いがあり、角度や刃の数にもバリエーションがあったみたいですね。

例えば、刃を2つ減らし、抵抗を少なくした四丁鎌は、主に子どもが使っていたそうです。

 

そんな、六丁鎌ですが、私が見せていただいたものは、両端の2本の刃が、根元から折れてしまい、違う意味で四丁鎌になってしまっていました。

どうも、地面に当たりやすい両端の刃は、折れることが多かったそうです。

 

それにしても、確かに、このレンゲ専用の鎌を使えば、立ったまま刈り取りができるようになり、大変なレンゲ栽培の作業も少しは楽になったでしょうね。

西岩道の念佛堂。

2013.04.25

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養老町西岩道の墓地の西に、念佛堂と呼ばれているお堂があります。

これは、地元の方が、太平洋戦争から生きて戻ってこられたことに感謝し、個人で建てたものなのですが…

実現したのは、昭和61年(1986)11月のことでした。
終戦からずいぶんと時間が経ってしまっていますよね。

理由を聞いてみたところ、本人はすぐにでも建てたかったそうなのですが、奥さんがお守りが疎かになっては勿体ないという理由で、許可してくれなかったようです。

そのため、奥さんが亡くなられた後、供養の意味も込めて、かねてからの想いを実現することにしたみたいですね。

ちなみに、堤防の拡幅で残った土地に、小さなものを建てるつもりが、大工さんの協力もあって、現在のような立派なものになったという話を聞くこともできました。

そんな念佛堂ですが、地元では、お墓参りの際に、お参りされる方がたくさんいます。

私もその一人なのですが、詳しい経緯を知って、また新鮮な気持ちでお参りできそうです。

 

平成25年の高田祭。

2013.04.24

h25takadamaturi.jpg

 

平成25年の高田祭のポスターが作成され、日程やスケジュールが公開されました。

5月18日(土)が試楽で、5月19日(日)が本楽です。

 

祭りのスケジュールは、おおよそ以下の通り。

 

18日(土)試楽:8時 飾り付け、15時 曳出し、17時 曳寄せ、19時 ライトアップ

19日(日)本楽:10時 愛宕神社奉芸、11時 神幸の儀、13時半 曳出し奉芸、20時 還幸の儀・夜車山曳出し

 

終了時刻は、試楽が21時頃、本楽が21時20分頃になります。 

養老町役場駐車場が利用できますし、公共交通機関を利用される方は、養老鉄道美濃高田駅から徒歩10分程度です。  

 

まだ、少し先になりますが、ぜひ今から、予定に入れておいてください。

なお、祭りの詳細については、こちらも参考にしてください。

押越の花火。

2013.04.23

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江戸時代の終わりから明治の初め頃にかけて、養老町では小花火と呼ばれる花火が盛んでした。

 

中でも、養老町押越の花火は特に有名で、「谷越へ」や「山越へ」という名の仕掛け花火を行う技術をもっていたそうなんですが・・

 

その技術は門外不出で、花火を見せるときも200m以上近づくことを許さなかったため、現在ではどういうものだったか分からなくなってしまいました。

もったいない話ですよね。

 

この押越の花火、他にも驚くような話が残っていて、御神木である大杉で、「大瀧」という仕掛け花火に失敗して、大杉が焼けてしまったということもあったようです。

私が見た資料には、「落雷によるというのは誤りである」と記述されていたので、ちょっと焦げた程度の話ではなかったんでしょうね。

 

ただ、押越八幡神社に奉納されている初代大杉の額では、表皮に炭化した痕跡を見つけることはできませんでした。

かなり高い位置に仕掛けていたのかもしれません。

 

それにしても、高さが約30メートルもあった大杉を燃やしてしまう押越の仕掛け花火とは、いったいどんなものだったんでしょうね。

養老公園の白山神社跡。

2013.04.22

kouenhakusan.JPG

 

養老説教場から養老の滝へとつづく観瀑道路の途中に、白山神社の跡地が残っています。

 

この白山神社、現在は養老神社に合祀されているのですが、跡地の方に、孝子伝説で知られる源丞内の出生地であるだとか、源丞内が父親の病気平癒を願って建てたものだなどといった、気になる話がいくつか残っています。

 

そんな中でも、特に気になるのが、養老神社に合祀されるまでは養老寺がお世話をしていたという話。

養老寺の由来を記した「養老寺略縁起」でも、白山信仰は養老寺建立の資金を提供する重要な役割を果たしており、養老寺と白山信仰に深いつながりがあることは間違いないとは思うのですが・・

 

養老寺の近くで白山信仰といって、真っ先に思いつくのは、白山太鼓が残る鷲巣白山神社ですよね。

しかし、こちらはこちらで、境内に光明寺跡に由来する薬師堂が残されていたりします。

 

このあたりをもう少し上手く整理できれば、何か新しいことが分かるような気がします。

日吉特産レンゲ種。

2013.04.19

hasidumerenge.JPG

 

養老町でも、田植えの準備が近づき、所々で紅紫のレンゲの花を見かけるようになりました。

レンゲは、稲を刈り取った後の田を休める期間に、田に雑草が生えるのを防ぎ、肥料となる上に、その種は貴重な現金収入ともなっていたので、40年くらい前までの養老町では、水田の裏作として、麦と並んで、盛んに作られていたのですが、、、

 

最近では、田んぼを耕す人も減ってきていて、あまり見かけなくなってしまいました。

 

お話しを聞いていると、とくに養老町橋爪をはじめとする、水はけの良い日吉地区では、刈り取ったレンゲは、採種用としての需要も高く、「日吉特産レンゲ種」と呼ばれ、地元商人や農協を通じ、広く県外にも販売されていました。

ただ、太陽でさやが乾燥して種がこぼれないよう、朝早くに家族総出でレンゲを刈り取ったり、風選作業で、ほこりにまみれて種を取り出すといった、レンゲに関わる作業が大変だったので、徐々に作られなくなっていったみたいですね。

 

ちなみに、当時の橋爪は、あたり一面が紫色に染まるくらいレンゲの花が咲いていたそうです。

 

上の写真は、そんな養老町橋爪で、一人生えしていたレンゲの花を撮影したもの。

これまであまり気にすることがなかったのですが、日吉特産レンゲ種の生き残りだったんですね。

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