養老町の歴史文化資源の発見・普及を目指して設立した当ホームページは、「私たちが暮らす養老町への関心を喚起すること」を目的に運営しています。

養老町の歴史文化資源

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雪の予感

2010.12.17

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今朝の養老山地の頂上付近は、薄っすら雪化粧していました。

先週の金曜日もそうでした。

 

養老町では、養老山地の頂上に雪が3回積もると、平野部でも雪が降るといわれています。

そろそろ雪対策が必要ですね。

 

ホワイトクリスマスだといいな。

ゆず湯

2010.12.15

yuzunomi.JPG

 

来週の水曜日は冬至です。

わが家では風邪をひかないため、その日はカボチャを食べて、ゆず湯につかります。

ゆず湯につかると体が温まるような気がしますよね。

 

ゆずの実は近所からもらいました。たくさんあるので、もう今夜からゆず湯にしようと思います。

ちなみにカボチャは、9月にうちでとれたものを大切に保存しておきました。

 

冬至まで何度かゆず湯を楽しみたいです。

桜井の泉

2010.10.18

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養老町には日本武尊を祭神とした「白鳥神社」が上方と桜井に鎮座しています。桜井白鳥神社の境内には泉があり、ここには日本武尊にまつわる次のような伝説が残っています。

 

病気の日本武尊が伊吹山から都へ帰る際に、養老山のふもとを通り桜井で休息をしました。その時に飲んだ水がとても美味しく、桜の香りがするといって喜び、さらに気分も良くなりました。それで、その泉を「桜井」と名付け、村名も桜井と言うようになったと伝えられています。

 

実際に飲んでみると、冷たくて口当たりが良かったです。

機会があれば、また飲んでみたいです。

 

この泉は「日本武尊遺跡」として養老町の史跡に指定されています。

養老町飯積の山車と人形浄瑠璃。

2010.10.01

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養老町史通史編には、町内の各大字の沿革史が記載されています。

その中の養老町飯積の記述を読むと、むかしの飯積には、山車が1輌と人形浄瑠璃があったと書かれています。

 

これまで、この記述をどの程度信じていいのかわかりませんでしたが、多芸公民館長さんから飯積八幡神社で、人形の頭と、山車の幕を発見したとの連絡を頂きました。

 

さっそく伺ったところ、人形の頭を3つと、山車の幕1枚などを確認することができました。

詳細な検討はこれからですが、どうやら町史の記述は真実であったようです。

 

今回のように町史の記述の裏付けがとれる事例は稀で、こうした文化財が飯積に保管されていたのは幸運でした。また、館長さんのご協力にもお礼申し上げます。

 

養老町には他にも人形浄瑠璃や山車を所有している地区があるため、それらの地区と飯積の比較が次の課題になりそうです。

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栗笠の観音堂

2010.08.31

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養老町栗笠にある市神神社の付近に観音堂があります。

そこには「おもかるさん」と呼ばれる1体の石仏と、「西国三十三ヶ所」に由縁のある33体の石仏が安置されています。

 

これらの石仏は、もともと栗笠湊の近くに並んでおり、漁師や船頭さん達の信仰の対象となっていました。

しかし、湊が衰退してしまったため、現在の位置にお堂を造り、安置することになったそうです。

 

そして、ここに安置されている「おもかるさん」。

願いを念じながら持ち上げ、軽く持ち上がれば願いが叶い、重く持ち上がらなければ叶わない、という言い伝えが残っています。

 

地元の方のお話では、伊勢湾台風の行方不明者を捜す時に、「おもかるさん」にお願いしたところ、御利益があり発見することができたそうです。

 

 

 

僕も願いを念じて持ってみましが、

 重くて持ち上がりませんでした…。

緑の田んぼ

2010.08.26

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以前お知らせした、「白い田んぼ」。

綿のシートを敷いた直後は、真っ白で田んぼとは思えない風景が広がっていました。

 

ところが、今ではご覧のとおり。

稲が成長して「緑の田んぼ」になりました。

綿のシートはどうなったか?というと、分解されて土に還っていました。

 

内心は育つのか半信半疑でしたが、しっかり育っていて安心しました。

 

秋の収穫時期には、「黄金色の田んぼ」になるのでしょうね。

今から楽しみです。

 

「白い田んぼ」の記事はこちらから。

姥石物語

2010.08.11

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養老町高田にある荘福寺(しょうふくじ)の境内に入ると、本堂とは反対の左奥に、頭の部分が刃物で割られたような、高さ60cmくらいの石があります。

この石は、「姥石(うばいし)」と呼ばれており、次の様な話が残っています。

 

ある日、一人の女がこの石のそばで苦しみながら死んでしまいました。

それからというもの、石は人肌のように温かくなり、夜になると一晩中奇声を発しだしたのです。

人々は、石の傍で悶死した女の霊魂が石にのりうつったのだと恐れました。

 

これを聞いた荘福寺のお坊さんは、歌を詠み、刀を抜いて石に向かって「成仏せよ!」と喝を入れました。

不思議なことにそれ以来、石は冷たくなり、奇声を発することもなくなりました。

 

本当に不思議な話です。

 

荘福寺および姥石物語の詳細が知りたい方は、電子書庫の「養老町史」・「のびゆく養老」をご覧下さい。

小栗栖(おぐりす)神社と蛇神昇天

2010.08.03

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養老町室原にある小栗栖神社の由緒には、ある伝説が残っています。

 

小栗栖の神様は昔、南宮神社(垂井町)に祀られていましたが、洪水によって室原まで流されてしましました。

不憫に思った室原の村人達は、小栗栖の神様を南宮神社にかえしてあげようとしました。

 

ところが、小栗栖の神様は

「室原の人々はとてもやさしい。どうか、私をここに住ませてくれないか。」

と仰いました。

 

感激した村人達は社を造り、そこにお祀りすることにしました。

 

これが、小栗栖神社の始まりと伝えられています。

 

またその時、境内の池に住んでいて、守り神であった大蛇が木に昇って天に帰っていき、小栗栖の神様と入れ替わったとも言われています。

象鼻山に残る爆弾投下跡。

2010.07.02

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象鼻山には、いくつか太平洋戦争中の爆弾投下跡が残っています。

 

爆弾が投下されたのは、昭和20年6月26日の午前10時頃。

田植えの真っ最中だったそうです。

当時を知る人に話を聞くと、今でもその時の恐怖を忘れていないことが伝わって来ます。

 

ただ、当時の象鼻山には戦争関係の施設はなく、爆撃された理由は明らかになっていません。

そんな中、一つの可能性として伝えられているのが、象鼻山1号墳の墳頂にあった石碑が、空中からは高射砲に見えたため、爆撃したのではないかという話です。

 

もし、それが事実なら、爆弾が象鼻山1号墳を外れたのは不幸中の幸いでした。

しかし、爆弾の一つは象鼻山3号墳(上円下方壇)の隅に命中しており、爆弾跡の周囲には3号墳の石がたくさん散らばっています。

養老山地の赤い石。

2010.06.25

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養老山地を歩いていると、よく赤い石を見かけます。

これはチャートという石で、養老町小倉には、この赤い石を御神体とする赤岩神社が祀られています。

 

そのため、地元の人はこの赤いチャートを決して持ち帰ったりしないのですが、私はそれを知らずに、いくつかを採集し、持ち帰ったことがありました。

このチャートが石器の石材になるためです。

 

その後、この御神体を養老山地から持ち出すと悪いことが起こるといわれていることを知り、1つの石を持ち出すことに、3つの石を赤岩神社に返さなければならないことがわかりました。

返す石は大きい方が良いそうです。

 

私が持ち出したのは4つ、まだまだノルマにとどきそうもありません・・

覗き仏の伝説

2010.06.23

nozoki.jpg

 

養老町の文化財に指定されている「覗き仏」。

この石仏にはこんな謂われがあります。

 

昭和41年、脳溢血で倒れた重兵衛さん。

生死をさまよう中、夢に観音様が現れ、

 

「わたしは、白山神社の大木の根元に巻き込まれています。

 陽が拝めて、参詣人に会えるようにしてほしい。」

 

とお願いされました。

 

重兵衛さんは村人達に頼み、探してもらうと、本当に木の根元から観音様が見つかったのです。

 

その後、重兵衛さんは日ごとに良くなり、自分でお参りできるようになりました。

 

この観音様には寿命を延ばす御利益があることから、延寿観世音菩薩と名付けられ、

白山神社の境内に祀られています。

大蛇の骨

2010.06.14

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養老町飯積のお寺に、「蛇頭骨(じゃとうこつ)」と呼ばれるものが安置されています。

 

この蛇頭骨は、親鸞聖人が退治した大蛇の骨と言い伝えられています。

以前は、福井県のお寺にありましたが、故あって文久年間(1861年~1863年)に現在のお寺に移されました。

 

大きさは約30cm。牙がたくさんあるので、生物学的には蛇ではないのかなぁ…

近くで拝見させていただきましたが、不気味な雰囲気で、ゾクッとしました。

石仏にまつわる伝説。

2010.06.10

sekibutu1.jpg

 

養老町には、水が一年中湧いているところがたくさんあります。

そうした湧水点を、地元では河間(ガマ)と呼んでいます。

 

写真の石仏は、そうした河間から見つかったと伝えられるものです。

そして、この石仏には発見にまつわるおもしろい伝説があります。

 

簡単にお話しすると

むかしむかし、村の東にあった河間で、一体の石仏が見つかりました。

そこで人々は、この石仏をおまつりすることにし、石屋にほこらをつくるようにお願いしました。

石屋は長い時間をかけて岩を削り、やっとできあがったほこらに石仏を入れようとします。

しかし、くりぬいた穴が小さく、石仏は中に入りません。

これに腹を立てた石屋は、こともあろうに石仏の背中をのみで削ってしまいました。

すると石屋は、三日三晩高熱にうなされます。

やっと自分の犯した過ちに気づいた石屋は、必死で許しをこいました。

許されて体がなおった石屋はほこらを作り直し、

それ以来この石仏は風邪を治してくれる仏様として、多くの人が訪れるようになりました。

というものです。

 

こうした石仏は中世後期に作られたもので、実際のところ、裏側にノミで削った痕跡が残っているものが多いような気がします。そのため、この石仏を手にとって、この伝説の真偽を確かめたいとも思いましたが、こわくなって止めました。

 

村にとっても、大切な仏様、失礼は許されませんよね・・

白い田んぼ

2010.06.02

siroitannbo.JPG

 

写真の白い部分が何かわかりますか?

実はこれ、田んぼなんです。

この田んぼでは、種籾の入った綿のシートを使っています。

 

思いついたのは寝具を取り扱っている養老町の方。

古くなった布団の再利用を考えていたところ、この方法にたどり着いたそうです。

 

この栽培方法には、雑草が生えないことや、綿が土に還るといったメリットがあるようです。

 

よく見ると小さな芽が出ているのがわかりました。今後どのように育つか楽しみです。

幸せのラビットカー

2010.05.28

rabittoka-.JPG

 

養老鉄道には、時々オレンジ色の電車が走っています。

名前はラビットカー。

めったにお目にかかれないことから、「見た人は幸せになる」といわれるようになりました。

 

その正体は、昔の車両の復刻版。

急行列車などの合間を縫って運行する様子が、ウサギを連想させることから、この名前がつけられました。

 

運良く目撃することがあれば、車両の側面に注目して下さい。

芸術家の岡本太郎さんがデザインしたウサギのマークがあしらわれています。

 

僕が見たのは朝の9時ごろ。今は心当たりがありませんが、夜までにはいいことがおきる予感がします。

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