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転用された土器。
2012.01.05

弥生時代後期から古墳時代初頭の遺跡を調査していると、赤い顔料で飾った土器に出会うことがあります。
そうした赤色顔料が塗られた土器は、養老町を含む東海地方では、パレススタイル土器と呼ばれていて、それほど珍しくもないのですが、日吉遺跡で出土した上の写真の土器は、それとはちょっと様子が違いました。
色が薄くて分かりにくいですが、よく見ると、頭のあたりだけ赤い顔料が付着していて、さらに割れ口まで赤くなっているのが分かります。
土器が割れてしまった後に、赤い顔料が付いたということですよね。
おそらく、割れて器としては使用できなくなった土器を、赤色顔料用の道具か何かに使い回した結果、本来付着するはずのない割れ口に赤い顔料が付いたのだと思います。
ただ、どうしてわざわざ壊れている土器を使うのか、他にそれ専用の道具は無かったのかなど、いろいろと気になる点があります。
想像は膨らみますが・・
よくわかりません。






