養老町の歴史文化資源の発見・普及を目指して設立した当ホームページは、「私たちが暮らす養老町への関心を喚起すること」を目的に運営しています。



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勢至のイチョウの紅葉時期。

2013.11.28

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11月も終わりに近づき、養老町でも紅葉の季節が終わろうとしています。

 

そんな中、未だに青々とした葉をつけているのが、養老町勢至の大イチョウ

上の写真は2日前に撮影したものですが、見頃になるまでには、もう1週間くらいかかりそうです。

 

こうしたことは、今年だけのことではなく、毎年のことなので、いつも不思議に思っていたのですが・・

 

堆肥などを用いて、大切に育てられたイチョウは、葉のはたらきが弱まるのが緩やかなので、紅葉が遅れるということを知りました。

ギンナンのなる木が、紅葉が遅いのも、こうした理由が多いみたいですね。

 

毎年、紅葉の季節になると、あわてて会いに行く木だったのですが、来年からはもう少し余裕をもって会いに行こうと思います。

飯ノ木の文化財案内看板が新しくなりました。

2013.11.27

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経年劣化に伴い、養老町飯ノ木の田中道麿翁顕彰碑前の文化財案内看板を新しくしました。

 

解説している文化財は、「田中道麿翁顕彰碑」「源氏橋」「鎧掛けの榎」「芦塚」の4つ。

もし、この中によく知らない文化財があるようなら、ぜひ足を止めて、内容を確認してみて下さい。

山口俊郎先生の三十三回忌法要。

2013.11.26

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昨日、養老町高田出身の音楽家である山口俊郎先生の三十三回忌法要が専念寺で行われました。

 

山口先生は、昭和56年に80歳で他界されるまで1000曲以上の作品を手掛けた人物。

亡くなられる直前には作品の著作権を養老町に寄贈したり、山口記念会館を建設したりされていて、地元の方々はたいへん喜んだそうです。

しかし、ご本人は「生まれ故郷の土に帰るための置き土産」と淡々と語られたみたいです。

そして、そんな山口先生が亡くなられた2年後、養老町には山口俊郎先生顕彰会が設立されました。

下の写真は、そんな顕彰会が設立した年の11月25日に行われた慰霊祭の様子です。

たくさんの参列者の中には、三橋美智也さんの姿も見え、改めて山口先生の人柄が偲ばれますね。

引き続き、功績の顕彰に勤め、50回忌も大勢の方に参列していただけたらと思います。

 

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「養老公園タイムトラベル」追加準備。

2013.11.25

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養老町教育委員会では、「タギゾウくんの自由研究」に新しいおすすめテーマを追加する準備を進めています。

 

新しく追加するおすすめテーマは「養老公園タイムトラベル」

 

開設(明治13年)から終戦(昭和20年)までの養老公園の変化を、観光などの目的で作られた案内絵図の変化から読み解いていこうという内容です。

 

公開まで、もう少し時間が必要ですが、絵図の間違い探しといった簡単な作業を基にしていて、そんなに難しいものにならないと思いますので、ぜひ楽しみにお待ちください。

象鼻山の景観回復作業が終了しました。

2013.11.22

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今週の月曜日からはじめた象鼻山の景観回復作業が終了しました。

 

これにより、また少し象鼻山の景観がよくなったと思います。

お手伝い下さった方々、本当にありがとうございました。

 

ちなみに、この5日間で山から下ろした倒木の総重量は7,690kg。

しかし、目指す姿になるまでには、まだずいぶん時間がかかりそうです・・

 

それでも、登る価値は十分にあると思いますので、本当に寒くなる前に、ぜひ一度、象鼻山に上がってみて下さい。

幼い者に知慧の場を。

2013.11.21

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昭和25年(1950)に水谷三郎さんが母校である上多度小学校へ本の寄贈をはじめたことをきっかけに、昭和39年(1964)に創設された水谷賞の授賞式が、今年で50回目を迎えました。

 

ちなみに、水谷賞とは、上多度小学校の全児童が参加する読書感想文コンクールのことです。

上多度小学校では、これを記念して冊子も作成されており、その中には、昭和29年(1954)1月21日に上多度小学校図書館が東海三県学校図書館コンクールに入賞した際に、水谷三郎さんから寄せられた原稿が再掲載されていました。

 

そのタイトルが「幼い者に知慧の場を」です。

 

少し長いので、全ては引用しませんが、「私は幼い者たちが、大人になって世の荒波にもまれるまでに、できるだけ多くの文学や歴史や絵、そしてできれば美しい音楽に親しみ、科学的教養とともに、文化的教養を積み重ねられるような素地をつくっておいてほしい」という水谷三郎さんの言葉がとても印象に残りました。

また、最後は、「内容や外観をもっと整えて、次の機会にも輝かしい栄誉を荷い続けることも大切でしょうが、本当に幼い人たちに、知識とともに、知識でない知慧になるような役割を、此の図書館が果たすことを切に祈ります」という言葉で締めくくられていました。

 

こうした学校独自の取り組みが50年間続くことが、まずすごいと思いますが、ひき続き、上多度小学校には、水谷三郎さんの願いを大切に守っていっていただきたいです。

鼬川の清泉。

2013.11.20

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養老町橋爪には、養老郡史の編纂者である大久保休吾さんが選んだ橋爪八景があり、その中の一つに、「鼬川(いたちがわ)の清泉」があります。

 

この鼬川は橋爪の別庄区を流れていた小さな川のことで、その清泉は別庄区にとって貴重な水源だったのですが・・

いつの頃からか、水が濁るようになり、現在では墓地で利用されています。

 

ちなみに、その現在の様子を撮影したものが下の写真。

 

大久保休吾さんのメモには、この鼬川の清泉の紹介として「神代より 絶えず流るる いたち川 鏡の如き 澄み渡りけり」という歌が添えられていましたが・・

かろうじて、石塔物に面影が残っていますかね。

 

ひきつづき情報収集を続け、その当時の写真などを探してみようと思います。

 

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象鼻山古墳群の文化財愛護標柱。

2013.11.19

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象鼻山古墳群の主要な墳墓に、文化財愛護標柱が設置されました。

 

地元である養老町橋爪の象鼻山整備促進協議会によるもので、倒壊していた標柱を全て新調していただくことができました。

ありがとうございます。

 

指定文化財の愛護標柱を、文化財所有者が自身で制作し設置する事例は、養老町では、これが初めてだと思います。

 

ちなみに、材料も、象鼻山の眺望回復作業で搬出されたヒノキで賄われました。

象鼻山古墳群の標柱が、地元の木材を使い、地元の方々によって作られたことは、文化財保護の観点からも大変ありがたいです。

玉泉堂酒造が登録文化財に。

2013.11.18

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先週の金曜日、文化審議会から文部科学大臣に、国の登録有形文化財(建造物)についての答申が行われました。

 

これには、養老町の玉泉堂酒造(ぎょくせんどうしゅぞう)の7つの建物も含まれており、登録されれば、養老町で初めての国登録文化財になります。

 

ちなみに、登録文化財制度というのは、重要文化財指定制度よりも緩やかな規制のもとで、幅広く文化財の保護を図るために生み出された仕組み。

建造物では、築後50年を経過しており、さらに国土の歴史的景観に寄与しているかどうかなどが基準となります。

 

玉泉堂酒造では、戦前期の酒類の醸造から小売りまでを一貫して伝える建物群であることが決め手になったと思います。

 

そして、国の登録文化財になるということは、所有者によって保存の意志が示されたということ。この先も、高田の町並みに玉泉堂酒造の建物が残っていくことを、とてもうれしく思います。

お経を読むお地蔵さま。

2013.11.15

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養老町瑞穂の大代(おおじろ)には、お経を読むと伝わるお地蔵さまがいます。

 

墓地に並ぶ7体のお地蔵さまがそうなのですが・・

お経を読むときは誰かが亡くなる直前だと聞かされた後では、あまり積極的に確認する気にはなれませんよね。

 

それに、お話を聞くことができた方の中に、実際にお経を聞いたことがある方はいませんでした。ただ、聞いたという人から話を聞いている方はいて、その方によると、とても澄み切った声だったそうです。

ちなみに、お経を読む時間帯は夕方遅くからみたいですね。

 

この他に、池辺地区でよく耳にする、村で結婚式があると、お地蔵さまをその家の軒先に運び込むという習慣が、大代にもあることが分かりました。しかし、大代では、この7体の中から2~3体を選ぶことが多く、お供えも御仏飯(おふくさん)だったみたいです。

 

この情報はタギゾウくんの養老ナビに登録してあります。

会いに行くかどうかは、自身でご判断くださいね。

ツワブキの花。

2013.11.14

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養老町橋爪の金比羅さんのそばで、ツワブキ(石蕗)の花を見かけました。

一列に咲いているところを見ると、地元の方が植えたんでしょうね。

 

養老町では、ときどき、種が飛んで自生えしたものも見かけますが、庭先で見かけることの方が多いですかね。

 

ちなみに、葉の茎は食べることもできるみたいですが、養老町には普通のフキも自生しているので、食べるフキといって、ツワブキをイメージする人はいないと思います。

 

茎が長いので、切り花や仏花にも便利ですよね。

養老説教場の楓。

2013.11.13

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11月も中旬になり、養老公園でも木々が色づきはじめました。

 

上の写真は、そんな養老公園で、昨日撮影した養老説教場の楓です。

個人的に好きな木で、この時期になると必ず1度は会いに行くのですが・・

 

いつ植えられたかなど、あまり詳しいことは分かっていません。

ただ、古くからあるそうなので、ひょっとしたら、養老公園開設時に渋谷代衛らによって植えられた桜楓の生き残りかもしれませんよね。

 

養老公園はこれからが紅葉の季節。

お立ち寄りの際は、ぜひ、養老説教場の楓もご覧になってください。

源氏橋の養老公園道標。

2013.11.12

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養老町飯ノ木の源氏橋のそばに、「源氏橋 自出十八丁養老公園」「明治十三年 多藝郡飯ノ木村」と刻まれた道標が建っています。

 

明治13年(1880)は養老公園が開設された年なので、飯ノ木村が養老公園の開園にあわせて、道標を設置したんでしょうね。

当時、すでに滝谷沿いに養老公園へ向かう道があったことを示す貴重な文化遺産だと思います。

 

この他、ちょっと気になるのが、奥に写る石製の源氏橋を架け替えた年号が大正4年(1915)になっていること。

元の源氏橋は木製だったらしいので、ひょっとしたら、この道標は木製の源氏橋のそばに建てられたものだったのかもしれませんね。

五三川で見つかったお地蔵さま。

2013.11.11

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養老町瑞穂の大代(おおじろ)の地蔵堂には、もともとお祀りしていたお地蔵さまの他に、川底で発見されたと伝わるお地蔵さまがお祀りされています。

 

上の写真の、前列に立っている小さなお地蔵さまが、そうなのですが・・

よく見ると、頭部が損傷していて、後から修復されたことが分かりますね。

 

地元でお話を伺ってみたところ、どうやら70年ほど前に、五三川で発見された後、しばらくは近くの個人宅でお守りされていたのですが、やがて地区の地蔵堂の中で一緒にお守りされるようになったみたいです。

頭部が損傷した時期については、詳しいことは分かりませんでした。

 

ちなみに、地蔵堂の元位置は林照院のそばの五三川堤防上でしたが、30年ほど前の護岸工事で、現在地である村の中心に移すことになったそうです。

 

このお地蔵さまの情報は、タギゾウくんの養老ナビに登録してあります。ぜひ一度訪ねてみてください。

「山田貞策さん」PDFデータの公開。

2013.11.08

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『みんなが喜ぶことに力を尽くした山田貞策さん』のPDFデータを電子書庫に公開しました。

 

養老町大巻の排水機設置をはじめ、池辺村村長を務めたり、八沢浦の干拓を行ったり、薩摩義士顕彰会を設立したりと、様々な事業に取り組んだ山田貞策さん。

この本の第7章には、そんな貞策さんの素顔について、子孫の方から伺うことができたお話も掲載しています。

 

読んでいただければ、きっと、山田貞策さんの生涯をまとめた冊子が、このタイトルになった理由が分かっていただけると思いますので、ぜひ一度、目を通してみてください。

上方のカヤの実。

2013.11.07

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養老町上方の白鳥神社には、町天然記念物に指定されている立派なカヤの木があります。

 

社殿の裏にあるために目立たず、あまり知られていないのですが・・

実は、周囲にも、カヤの木がたくさん自生していて、この時期になると、たくさんの実をつけています。

 

上の写真は、そんなカヤの木周辺に落ちている実の一つを撮影したもの。

けっこう美味しいので、昔は、みんなで採ったみたいですね。

 

まず、緑の皮を剥きやすくするのと、あく抜きのために、灰を混ぜた水にさらし、その後、煎って中の渋皮を剥くんだそうです。

主に、かき餅に混ぜて食べたそうで、隣村のかき餅はシイの実だったが、上方はカヤの実を使うんだとおっしゃっていました。

 

私もいくつか頂いてきましたので、正月に試してみようと思います。

土屋輝雄の竹の襖絵。

2013.11.06

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千歳楼旅館の客室の一つに、「竹の間」という竹をモチーフにした八畳の和室があります。

 

昭和初期の造りで、天井や床の間、障子など細部にまで竹があしらわれており、とっても魅力的な部屋なのですが・・

ご主人によると、当初の襖絵は、養老町高田出身の画家である土屋輝雄によって描かれたもので、現在のような細い竹ではなく、とても太い竹が描かれていたそうです。

 

その当時の「竹の間」の様子を撮影した貴重な写真が上の一枚。

太いとは聞いていましたが、すごい迫力ですよね。

 

改めて、土屋輝雄のすばらしさを感じるとともに、千歳楼が多くの文化人に愛されてきた理由が分かるような気がしました。

田中道麿翁の墓。

2013.11.05

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今年も、田中道麿翁顕彰会役員による、道麿翁の墓地参拝が行われました。

 

ちなみに、現在の道麿翁の墓は、名古屋市平和公園の常端寺墓域内にあるのですが・・

平和公園には、ものすごい数のお墓があるので、その中から目当てのお墓を探すのは大変です。

 

ということで、この機会に合わせ、田中道麿墓の情報をタギゾウくんの養老ナビに登録しました。

これで、もう道に迷う心配はありませんね。

 

はじめての方も、安心してお参りできると思いますので、近くに寄られた際は、ぜひ、道麿翁のお墓にも足を伸ばしてみてください。

第14回「家族の絆愛の詩」の入賞者発表。

2013.11.01

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本日、養老町役場のホームページに、第14回「家族の絆愛の詩」の入賞者を発表しました。応募していただいた方は、確認をお願いします。

 

なお、入賞者一覧には含まれていませんが、佳作に選ばれた作品数は前回を上回りました。

 

これらの入賞者の表彰式と詩の発表会は、平成26年1月26日(日)に、養老町民会館で開催する予定です。

また、この日には、今回の佳作も含めた入賞作品を掲載した本も刊行致しますので、ぜひ楽しみにお待ちください。

飯田の寺社記録。

2013.10.31

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先日、養老町飯田の寺社記録のコピーを見せていただく機会がありました。

正確な年代は分かりませんが、正徳元年(1711)くらいからの記録がまとめられており、著者名から文政年間(1818~1829)くらいに作成されたものと推定できるようです。

 

その内容は、八幡社などの創建年代をはじめ、社の修理記録やそれぞれの神社の祭礼スケジュールなど多岐にわたっており、飯田の寺社を考える上でとても参考になりました。

 

中でも、まず目に留まったのが、上の写真に示した当時の東西境内地の平面図。

現在は、全ての社が東の境内地にまとめられていますが、文政年間の配置はこんなかんじだったんですね。

聞き取りした内容と矛盾する部分があり、養老ノートの内容を一部訂正する必要がでてきました。

 

このほかにも、寛文10年(1670)頃までは、西の境内地に、高さ約18cmの薬師如来立像をおさめた二間四面の薬師堂があったのですが、お堂が荒廃し、その頃の飯田村に余裕がなかったために、仏像を直江の西光寺に預けたことなども記されていました。

 

それで、西の跡地をお薬師さんと呼ぶ人がいるんですね。

 

これ以外にも、いくつか新しい発見があったので、もう少し精査したら、またご紹介させていただきたいと思います。

 

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