養老町の歴史文化資源の発見・普及を目指して設立した当ホームページは、「私たちが暮らす養老町への関心を喚起すること」を目的に運営しています。




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養老競馬場の写真。

2013.08.30

youroukeibajouW500.jpg

 

先週、ご紹介した「養老競馬場」ですが、当時の写真を見つけました。

南西のコーナー部分を、南東から撮影したものです。

 

まさに、百聞は一見に如かずですよね。

地図や、空中写真からイメージしていたものとは全く違いました・・

 

ちなみに、手元の資料から、おおよその規模を復元したところ、長辺が530m、短辺が250mで南北に長く、コースの幅が20m、1周すると1,200mの競馬場だったことも分かりました。

 

次は、写真で見るような山を削った地形が、現在も残っているか調べてみようと思っています。

楽邦寺の誕生児初参り式。

2013.08.29

rakuhoujihatumairi.JPG

 

先週の日曜日、養老町祖父江にある楽邦寺で、地域の子ども達を対象に夏のつどいが実施され、これにあわせて、誕生児初参り式も行われました。

 

これは、生まれてきた子どもが、初めてお寺にお参りする仏事で、楽邦寺では、33年ほど前から続けられているそうです。 

ちなみに、私がお邪魔した今年も1人、昨年12月に生まれたかわいい男の子が、初参りに来ていました。お母さんも22年前にお参りされたみたいですね。

 

ただ、身の回りでは、お宮への初参りはよく聞くのですが、お寺はあまり聞いたことがなかったので、町内数カ所のお寺に、実施しているかどうかを尋ねてみたところ、やはり、毎年、きちんと式として実施しているところは見つかりませんでした。

 

ひょっとしたら、養老町では、めずらしい行事なのかもしれませんね。

兼俊の墓。

2013.08.28

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養老町直江に、直江志津(なおえしづ)日本刀鍛錬所跡という町の史跡があります。

元は西光寺(時宗)があった場所で、現在、ここには、たくさんの石塔や石仏が集められているのですが・・

 

先週、地元の方々と行った現地調査により、ここに集められた石塔のうち、古いものに14世紀中頃から後半のものが多いことが分かりました。

直江で、14世紀中頃から後半といえば、まさに刀鍛冶が志津から直江に移り住んだ時期ですよね。

 

さらに、調べていると、14世紀後半の石塔のうち、紀年銘が「善阿弥陀仏 貞治■年四月■(※横山住雄1996による)」だと考えられてきたものに、「壽阿弥陀仏 貞治■年四月■」の可能性があることも分かってきました。

 

ちなみに、直江志津の祖である兼俊の法名が、壽阿(寿阿)です。

 

まだ、課題はありますが、位置や、石塔の型式や、記された年号に法名、いずれの情報も整合性が高く、ここに直江志津の墓があるという伝承は、本当だったのかもしれません。

瀧見亭。

2013.08.27

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養老公園の養老説教場の庭園をはさんだ西側に、避暑亭(ひしょてい)と呼ばれた建物がありました。

 

これは、養老公園開設後、説教場に厳如上人を招いたときに、高須藩から移築されたもので、その後、たくさんの要職にある方々がここを訪れています。

とても雅やかな建物だったようで、その頃を知る地元の方々には、避暑亭よりも御殿(ごてん)と呼ぶ方のほうが多いですよね。

 

ただ、そんな東本願寺避暑亭には、実はもう一つ、「瀧見亭(たきみてい)」という気になる異名があります。

その由来は、ここから養老の滝をはじめ、多藝の滝(直江の滝)までも見ることができたことによるようなんですが・・

 

少なくとも、現在は木々に囲まれて、養老の滝さえ見えませんよね。

 

本当に見えるのかどうか、機会をみて、GIS(地理情報システム)で確かめてみようと思っています。

文化遺産ウォーキングの準備。

2013.08.26

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養老町教育委員会では、今年度も、NPO法人ニワ里ねっとの協力を得て、11月10日(日)の午前中に養老町文化遺産ウォーキングの開催を計画しています。

 

今回のテーマは、「たき道」です。

 

予定しているコースは、ふれあいセンター養老から、養老競馬場→たき道道標→白石村跡→千歳楼→養老神社→養老の滝→旧養老公園事務所までの約6kmのルート。

 

養老の滝までは、ひたすら緩い上り坂が続きますが、休憩を取りながら、たき道沿いに散らばる文化遺産をご案内したいと考えています。 

 

詳細な内容や、申し込みの受付は、10月からになりますが、養老の滝に至る道の中で、明確なものとしては最も古いものだと思います。

ゴール後は、バスで、出発地点まで送迎いたしますので、ぜひ楽しみにおまちください。

 

厳如上人お手植えの松。

2013.08.23

gonnyomatu.JPG

 

養老説教場本堂の北に、厳如上人が植えたと伝わる松があるという情報を得ました。

手掛かりは、松のそばに、「千代の栄」と刻んで建てられたという石碑です。

 

ちなみに、厳如上人(ごんにょしょうにん)とは、東本願寺の第21世法主を務められた方で、明治14年(1881)10月に、養老公園の開設に合わせて規模が拡大された養老説教場を訪れています。

ということは、残っていれば樹齢130年ほどの大きな松があるということですよね。

 

早速、確認に伺ったのですが、残念ながら、そんなに大きな松は残っていませんでした。

ただ、本堂の北には、千代の栄と刻まれた石碑と、新たに植えられた思われる小さな松が・・

 

大きな松に育ってくれるといいですね。

 

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瑞穂東の辻地蔵。

2013.08.22

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養老町の瑞穂東に、道路の辻にお堂が建っていることから、辻地蔵と呼ばれているお地蔵さまがいます。

ちなみに、辻とは、道路が交わる場所のことなんですが、このお地蔵さまは、もとは現在地より100メートルほど北へいった牧田川堤防上にお堂があったそうです。

 

つまり、辻地蔵と呼ばれるようになったのは、戦後の河川改修で現在地に移ってからのことだったのかもしれませんね。

 

ただ、この辻地蔵、これ以上の情報がなかなか集まってこないので、地元の聞き込みを続けていると、今から60年ほど前まで、瑞穂東で結婚式があると、村のお地蔵さまを、その家の軒先に運び込むのが恒例になっていたということが分かってきました。

 

辻地蔵だけの話ではないのですが、どうも地域の中で結婚式があると、青年団が中心となって、夜中のうちに村中のお地蔵さまを、その家の軒先に並べて帰ったようです。

数に制限はなく、お供えをすることや、もとの場所にお戻しするところまで全て、地蔵が運び込まれた家が面倒をみたみたいですね。

さらに、ご丁寧なことに、お地蔵さまの足の裏には、場所を示した紙が挟まれており、返す場所が分からなくなることもなかったそうです。

 

それにしても、終戦くらいまでの養老町には、こういった結婚式とお地蔵さまが結びついた話が多いような気がしますね。

もう少し、情報が集まれば、一度まとめてみたいところです。

養老説教場の「夏の御文」

2013.08.21

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昨日、養老公園にある養老説教場で、「夏の御文(げのおふみ)」が勤められたので、お邪魔してきました。

 

ちなみに、夏の御文というのは、蓮如上人が亡くなられる前年に書き遺した4通の手紙を拝聴し、信心の大切さを確かめ合う仏事のこと。

養老説教場では、毎年、お盆過ぎのこの時期に実施しているみたいです。

 

その折、見せていただいた説教場に関する資料によると、本山から夏の御文が養老説教場に下附された年が大正3年(1914)となっていたので、もう100年近く続けられているんだと思います。

 

養老説教場には、専従の住職や門徒がおらず、町内の真宗寺院と世話方だけで管理していることを考えると、大変なことですよね。

養老競馬場。

2013.08.20

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昔、養老町には競馬場がありました。

 

町史などに記事が無く、あまり詳しいことは知らないのですが、昭和13年(1938)に開設されたようです。

ただ、長続きせず、翌年には廃止されてしまったみたいですね。

 

上の写真は、その後宅地に変わったものの、わずかに養老競馬場の名残が残る、養老町鷲巣の道路の様子。

東側のストレート部分を北西側から撮影したものになります。

 

地図を眺めているだけでは、よく分かりませんでしたが、ここに立つと、少し馬が走っている様子が想像できますね。

 

とはいえ、百聞は一見に如かず。

ひき続き情報収集を続け、できれば当時の写真などを見つけたいと思います。

養老駅前の池。

2013.08.19

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養老駅にある駅前区の公園内に、噴水が設置された小さな池があります。

 

この池、実は養老の滝から流れてくる水を使用していて、元々は、養老鉄道を走る蒸気機関車へ給水するためのものでした。

 

地元の方によると、噴水が出ているあたりに、給水ポンプがあったそうです。

大正12年(1923)に養老鉄道が電化されて、汽車が電車に変わるまで使用されていたみたいですね。

 

養老鉄道に蒸気機関車が走っていたことを思い出させてくれる数少ない場所ですので、ぜひ養老駅を利用する際には、こちらにも足を運んでみて下さい。

マイタケ生育状況4。

2013.08.16

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先月11日のマイタケ原木の伏せ込み作業から、約1ヶ月が過ぎました。

 

うまくいけば、あと1ヶ月ちょっとで収穫できるはずなんですが、今のところ、特に変わった様子は見て取れません。

初めてのことですし、あんまり変化がないと、ちょっと不安になりますね・・

 

ひき続き、豊作を信じて、水やりを続けていきます。

象鼻山入口の看板が新しくなりました。

2013.08.15

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象鼻山古墳群への登山道入口を示す案内看板が新しくなりました。

 

地元である養老町橋爪の象鼻山整備促進協議会によるもので、これにより、入口の位置が、以前よりも分かりやすくなりました。

ありがとうございます。

 

ちなみに、材料となったヒノキは、眺望回復作業の際に象鼻山から下ろされたもの。

この案内看板の他に、個々の古墳の文化財愛護標柱にも活用される予定です。

 

言われなければ分からないことですが、象鼻山の木材でつくられていると思うと、なぜか以前の案内看板よりも愛着を感じます。

旧養老公園事務所。

2013.08.14

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養老公園の養老寺の西隣に、かつて養老公園事務所として使用された建物が残っています。

 

これは、大正12年(1923)に、養老公園が養老郡営から岐阜県営に移管する際、園内に事務所になる建物がなかったため、笠松から岐阜司町に移され改築中であった元県庁の古庁舎の一部が移築されたもので、それに掛かる費用は、千歳楼に収蔵されてきた諸名士の遺墨及び郡内から寄贈をうけた書画類を指名入札に付した収入金で賄われました。

 

ちなみに、収入金の合計は1,200円で、このときに競売を免れた有栖川宮熾仁親王や三条実美の遺墨額面は、現在も千歳楼に保管されています。

 

ただ、このときに、どのような遺墨や書画類が売却されたのかが、よくわかっていません・・

この当時に1,200円の値が付くからには、きっと貴重なものもあったでしょうね。

 

ひき続き情報収集を続け、せめてどんなものが千歳楼にあったかぐらいは把握しておきたいと思います。

棚橋碌々翁の墓。

2013.08.13

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養老町の白石区の墓地に、棚橋碌々翁(ろくろくおう)という人物のお墓があります。

 

この方は、美濃派獅子門道統(以哉派)という松尾芭蕉の流れをくむ一派の宗匠を務めた人物で、とても立派な方なのですが・・

実は、養老町ではなく、隣町の輪之内町の出身です。

 

どうして、そんな方のお墓が、養老町にあるんでしょうね。

墓碑の裏書きによると、少なくとも、それが本人の意志であったことは分かるのですが、その理由は記されていませんでした。

 

ひき続き、情報収集が必要ですね。

 

さて、今日は、養老町薩摩義士顕彰会主催による、薩摩義士夏季慰霊法要が執行されました。

酷暑の中、多数のご参列、本当にありがとうございました。

 

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「みんなが喜ぶことに力を尽くした山田貞策さん」一般販売。

2013.08.12

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養老町大巻出身で、薩摩義士顕彰会の設立をはじめ、様々な社会貢献を行ってきた山田貞策さんの生涯をまとめた冊子が完成しました。

 

明日から、60冊限定で、一般販売を開始します。

金額は800円です。 

購入を希望される方は、養老町教育委員会生涯学習課(0584-32-5086)へご連絡ください。

受付時間は平日の8:30~17:15になります。

 

「薩摩義士の如き産業上の献身者こそ、真の義士の模範となすべき」と考えた山田貞策さん。

この冊子を読めば、山田貞策さんこそが、この言葉の最も忠実な実践者であったことが分かっていただけると思います。 

 

なるべく平易な文章を用い、読みやすいものにしてありますので、ぜひ目を通してみて下さい。

 

なお、この冊子は、将来電子書庫でも公開する予定があります。

ヤマトタマムシ。

2013.08.09

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先週、象鼻山の麓で、タマムシを見つけました。

きれいな羽根が特徴的な虫ですが、どうもこれには、鳥から身を守る効果があるみたいですね。

ちなみに、見つけたのは真夏の炎天下で元気に飛び回るヤマトタマムシという種類です。
熱中症注意のサインだと思わなきゃいけませんね。

養老温泉入浴券。

2013.08.08

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先日、明治18年(1885)に発行された養老温泉入浴券を見る機会がありました。

養老公園開設後のもので、株主事務所から発行されていることから、偕楽社内にあった温泉の入浴券だと思います。

 

ちなみに、ご先祖が養老公園開設担当委員を務めたお宅に保管されていたもので、未使用のまま10枚くらいの束になっていました。

偕楽社が解散するまでには10年以上あったはずですが、なぜ使ってしまわなかったんでしょうね。

岡本村吉。

2013.08.07

murakitikoseki.JPG明治の終わりから大正の初めにかけて、豆馬亭の東の「うしろ谷」で、大変貧しい生活を送っていたという岡本村吉ですが、この方が四代目岡本喜十郎の長男であったことがわかりました。

 

血縁がなかったというのは、間違いだったみたいです。

ちなみに、天保14年(1843)12月10日の生まれでした。

 

いまさらですが、四代目喜十郎の幼名は才吉で、さらにその父の名は勇吉。

村吉という名前で、その可能性に気づくべきでしたかね・・

 

 この他に、養老町の白石にお墓があるという情報もあるので、近いうちにこちらも確認に行こうと思っています。

 

 

 

 

 

橋爪神明神社の鳥居が新しくなりました。

2013.08.06

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今日、象鼻山のふもとにある、養老町橋爪の神明神社の鳥居が建て替えられました。

 

新しい鳥居は、眺望回復作業の際に、象鼻山から下ろされたヒノキで造られており、その加工から設置まで全て地元の方々によって行われました。

橋爪には、器用な人が多いですね。

 

ちなみに、先代の鳥居は、約20年ほどで、一番高い笠木と呼ばれる部分を中心に傷みが見られたので、今回新たに設置した鳥居は、笠木部分もアルミ板で保護したそうです。

今度は、もっと長持ちしそうですね。

 

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高田の天神祭。

2013.08.05

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昨日、朝8時から養老町高田の愛宕神社境内にある天満宮の例祭におじゃましてきました。

 

初めて伺ったのですが、天満宮があるのは、高田西町だけではなかったんですね・・

当日になって、高田西町以外に、高田東町、高田常盤町、高田中町でも天神様がお祀りされていることを知りました。

 

ちなみに、10年位前まではこれに高田夏祭りが一体となったものが「天神祭り」と呼ばれていたみたいで、どうやら、開催日が毎年8月4日に固定されていることが、天神祭りから夏祭りを分離させる原因の一つになったようです。

 

そんな理由で、現在の天神祭りは、それぞれ4ヶ所での祭事のみですが、参列者の中には子どもの姿も目立ちました。

 

学業の神様ですもんね。

夏休みの宿題、しっかり頑張って下さい。

 

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