養老町の歴史文化資源の発見・普及を目指して設立した当ホームページは、「私たちが暮らす養老町への関心を喚起すること」を目的に運営しています。




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養老山地の葡萄石。

2012.02.29

budouishi.jpg

 

養老公園近くのお宅にお邪魔すると、沓脱石に葡萄石(ぶどうせき)と呼ばれる石が使われているのを、よく見かけます。

 

この石は、石の表面にぶどうの実のような模様があるのが特徴で、養老山地でも採集できる場所が限られていることから、とても珍重されているそうです。

私が見せていただいたときは、晴れていましたが、水に濡れると、さらに美しさが増すみたいですね。

 

みなさんも見かけることがありましたら、ぜひ水をかけて鑑賞してみて下さい。

 

budouishi2.jpg

草相撲の横綱「千代田川」。

2012.02.28

tiyodagawahi.JPG

 

養老町泉町には、多芸郡内の相撲大会で、負け知らずの力士がいました。

 

しこ名は「千代田川(ちよだがわ)」。

本名は高木千代次郎で、明治36年(1903)12月20日、養老町泉町に生まれました。

 

自転車で各大会をまわり、大正13年(1924)には、岐阜県角力(すもう)協会から「千代田川(ちよだがわ)」の号を授かるのですが・・

その翌年の10月24日に、21歳の若さで亡くなってしまいました。

 

現在、養老町三神町の多岐神社の東道路向かいにある、「嗚呼力士千代田川碑」は、この千代田川の霊を祀るため、多藝村西支部青年団と多藝村大墳多岐有志者によって建てられたものです。

 

ちなみに、地元では、戦後遺族らによってお墓を一つにするために遺骨をまとめたとき、この千代田川の遺骨がひときわ太かったという話を聞くこともできました。

やはり、巨漢だったんでしょうね。

養老ナビ情報の追加13。

2012.02.27

yoronavi120227.PNG養老町には、町重要文化財に指定されている高札場が二つあり、これらの情報を「タギゾウくんの養老ナビ」に登録しました。

 

分類は文化遺産で、近世~近代の時代区分でも検索できます。

 

高札場とは、幕府や領主が決めたことを、木の板に書き、人目をひくように高く掲げておく場所のことです。

とくに、押越八幡神社にある高札場は残りがよいので、ぜひ一度現地を訪ねてみて下さい。

 

 

 

 

高田中学校の継承と発展を誓う会

2012.02.24

H23keisyoutohatten.JPG

 

 

今日、高田中学校では、「継承と発展を誓う会」が行われました。

 

これは、卒業を迎える3年生の生徒達が、先輩から引き継ぎ、守り、発展させてきた伝統を次の学年に引き継ぐための行事で、もう20年近く続いているそうです。

ちなみに、高田中学校の伝統は、「生徒会」「環境」「部活動」「合唱」「礎」「学習」「黙働」の7つ。

 

私が以前にみた、生徒全員が一言も発さずに、黙々と掃除をしている姿は、この中の「黙働」ですね。すごいことだと思います。

 

ぜひ、このすばらしい伝統を、次に引き継いでいって下さい。

 

H23keisyoutohatten2.JPG

養老小学校のオペレッタ

2012.02.23

H23operatta.JPG

 

養老小学校では、毎年6年生が卒業を迎えるこの時期に、その記念としてオペレッタ「養老物語」を上演しています。観客は、見送る児童達(3~5年生)です。

 

内容は、養老ではお馴染みの水がお酒に変わる話がベースですが、6年生が4年間総合学習で学んだ、自然の恵みや他人を思いやる心が物語に取り入れられていて、最後まで楽しく鑑賞することができました。

 

また、自然の恵みを大切にする孝行息子に、森の神達がお酒を与える場面では、あらためて養老町の自然の豊かさに感謝することの大切さを感じました。

 

 H23operetta2.JPG

 

しかし、印象に残ったのは、上演を終えた6年生から溢れていた達成感。

見送る3~5年生には、忘れられないメッセージになったと思います。

 

今年で、17年目を迎えるこのオペレッタ「養老物語」。

これからも継承されてほしいです。

5人のでんぐり。

2012.02.22

shimogawaradenguri5nin.jpg

 

養老町の高田祭には、3輌の曳山があり、その中の1つに、獅子舞を奉納する神楽獅子山(下河原町)があります。

 

この下河原町の獅子舞は、祭りの当日や前日に、神社や御旅所などで、奉納されているところを見ることができ、その中でも「でんぐり」とよばれている、3人でバク転する芸がオススメなのですが・・

どうも、地元の人によると、昭和40年代終わりくらいまでは、5人でやっていたようです。

 

この話を聞いたときは、3人でも大変そうなのに、5人なんて、と思ったのですが、

平成22年度の聞き取り調査で、実際に5人で「でんぐり」をしている写真を見せていただくことができました。

 

本当に5人いますね・・

見せていただいたのは、この写真だけなので、続きは想像を膨らませるしかないのですが、

できればこの目で見たかったです。

 

ちなみに、昭和50年代にはいって4人、平成になって2人(まくりざし)、平成7~8年頃から3人になったそうです。

 

 

白石ミカン。

2012.02.21

shiraishimikan.JPG

 

養老町では、市場に出回るミカンが少なくなる2~3月に、白石ミカンが食べ頃になります。

 

このミカンは、明治末から大正の初め頃に、養老町の白石地区が、養老山地の傾斜を利用して栽培したのがはじまりで、当初、隣町の南濃町石津には、何度も指導をうけたそうです。

 

そしてその後、昭和の終わりまでは、多くの農家がミカン栽培に携わったのですが・・

オレンジ自由化以降、徐々に栽培量は減り、今では数軒の農家が2町歩ほどを栽培するのみになってしまいました。

 

しかし、この白石ミカン、1月下旬頃になると、皮が柔らかくなり甘みが増すので、これからの季節にはぴったりです。

 

情報をいただいたミカン農家さんによると、自家消費と毎年頼まれている方への小売り、それにジュースの材料で、大半は無くなってしまうそうですが、幻のミカンというわけではないので、ぜひ興味のある方は、白石地区のお知り合いに尋ねてみて下さい。

養老町勢至のベニマダラ。

2012.02.20

seishibenimadara.jpg

 

先週、養老町勢至の水路に生息するベニマダラの撮影に行ってきました。

養老町勢至にある日吉神社の南側を流れる水路です。

 

ベニマダラは、日陰のキレイな水が流れる場所を好むようなので、この環境はぴったりでしょうね。

 

養老町では、この他に、養老公園内の菊水泉に生息するベニマダラが比較的よく知られていて、こちらは既に「タギゾウくんの養老ナビ」に情報登録してあります。

 

分類は自然になります。

 

また、この勢至のベニマダラについても、今月中には公開できると思います。

 

最近、あたたかくなってきているので、ぜひ天気のいい日に訪ねてみて下さい。

薩摩工事役館遺址案内石碑。

2012.02.17

hourekitisuikankeishisekiannai.jpg

 

大巻薩摩工事役館跡の東約300m、牧田川の堤防上に、表面に「薩摩工事役館遺址 平田靱負終焉之地 北三拾町」、裏面に「所在地養老郡池辺村大字大巻上組 大正拾四年八月 修道館主」と刻まれた石柱が建っています。

 

修道館を建てたのは、山田貞策なので、どうやら、この石柱は、山田貞策が建てた薩摩工事役館跡の案内看板であるようなのですが・・

北三拾町(約3.3km)という部分が気になりますよね。

明らかに、現在の位置からは矛盾しています。

 

元々は、現在とは違う位置に建てられていたということであれば、養老町小坪あたりが候補にあがるのですが、ちょっとよくわかりません・・

 

今後も、ひきつづき情報収集を続け、また何か分かればご報告させて頂きたいと思います。

江月の白鳥

2012.02.16

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ここ最近、養老町江月周辺で、よく白鳥を見かけるようになりました。

 

ただ、暗くなりはじめると、姿を見かけなくなるみたいです。

 

上の写真は、昨日の昼過ぎに撮影したもの。

30羽近い群れで、すぐそばでは、マガンもうろうろしていました。

 

 magan.JPG

 

この情報は「タギゾウくんの養老ナビ」にも登録してあります。

比較的見つけやすいので、興味のある方はぜひ探しに行ってみて下さい。

別庄の馬頭観音。

2012.02.15

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今日、「タギゾウくんの養老ナビ」に、象鼻山山麓で、白山神社の南150mくらいのところにある馬頭観音の情報を登録しました。

 

この石碑、実はこれまで、風化やコケで字が読めず、何か分からなくて困っていたのですが・・

今日たまたま地元の人に教えて頂くことができました。

 

今でも1年に1回、地元の役員で小祭りを行っていて、昔、このすぐ下には、牛の爪切り場もあったそうです。

 

いつ造られたかがまだ不明なので、時代は入力していませんが、興味のある方はぜひ一度探しにいってみて下さい。

こばと保育園のひな人形。

2012.02.14

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養老町立こばと保育園(滝見町)には、昭和54年度の卒園児保護者会から贈られた8段飾りのひな人形があります。

 

毎年、節分の翌週に遊戯室に飾られるのですが、今年で33年目を迎えるだけあって、ちょっと傾いちゃってますね。

 

しかし園児達は、毎年、このひな人形を飾るのを楽しみにしているそうです。

中には、二世代にわたって、このひな人形にお世話になった家もあるでしょうね。

 

ちなみに、わが家では二十四節気の一つである雨水にあたる2月19日に飾る予定です。

よくは知りませんが、この日にひな人形を飾ると良縁に恵まれるそうです。

白石村跡。

2012.02.13

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今日、地元の方々に、養老町の白石区を案内して頂くことができました。

 

当初の目的は、白石区にあった水車小屋の位置確認だったのですが・・

それ以外にも、白石古墳に関する情報や、白石薬師堂の付近にあった旧白石村のことを教えて頂きました。

 

中でも、白石村が現在の場所に移動する契機が、宝永年間(1704~1710)の山地崩壊により水路が断たれたことであり、それまではまぐさの滝のある柏尾谷から水を得ていたことや、移動後の白石が、今度は養老の滝のある滝谷から水を得るようになり、その権利を持っていた島田村と深い関わりをもつようになったことは、とても参考になりました。

 

やはり、地元の方に現地を案内して頂くと、新しい発見がありますよね。

今日の発見を踏まえ、改めて白石薬師堂の周辺に広がる、平坦面や石垣、溝などの遺構を再検討する必要がありそうです。

養老ナビ情報の追加12。

2012.02.10

navi120210.PNG養老町祖父江には、前田慶次郎が、米沢へ向かう途中に、その息子「吉兵衛(きちべえ)」を、祖父江村の庄屋であった川瀬彦兵衛に託しに訪れたという話が残っています。

 

その後、吉兵衛は、祖父江村高木家で前田姓を伏せて育てられますが、その住まいや傍らの橋は、今でも「前田屋敷」や「前田橋」と呼ばれ、その歴史を今に伝えています。

 

現在、跡地には末裔一族が結成した「鷹乃羽会」によって石碑が建てられています。

この位置や概要についての情報は、タギゾウくんの養老ナビに登録してありますので、ぜひ一度現地を訪ねてみて下さい。

 

分類は文化遺産で、「前田」の文字検索でもヒットします。

 

旧多芸小学校の跡地

2012.02.09

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養老町多芸公民館の西隣には、「旧多藝小学校記念碑」と刻まれた石碑と、二宮金次郎の石造が建っており、ここに昔、小学校があったことを今に伝えています。

 

この多芸小学校は、地元の人たちが、将来を担う村の子ども達があちこちばらばらに小学校に通う現状を憂いて設立されました。 

地元の人はこのことを「村民の交流と絆を固めんとする並々ならぬ熱意と教育に対する村民の自立意識の賜でしかない」と振り返っています。

 

ただ、この小学校は、大正10年(1921)から昭和44年(1969)の48年間という短い期間で役割を終え、子ども達はまたそれぞれの小学校へ通うようになりました。 

昭和33年(1958)に校舎が改築されていることも考えると、なお短く感じられたでしょうね…。

 

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現在、多芸公民館の大会議室の壁には、この小学校が「岐阜懸多藝国民學校」と呼ばれていた頃の校旗が展示されています。 

三種の神器をモチーフにしたと伝えられる珍しいものなので、ぜひ一度見に行ってみて下さい。

鬼河間(おにがま)。

2012.02.08

onigamaato.jpg

 

養老町では、地下水が 自然に湧き出して泉ができた場所を河間(がま)と呼んでいます。

 

こうした河間は養老町にたくさんありましたが、その中でも養老町役場の北50mにあった河間は、東西南北にそれぞれ9間(約16m)もの大きさがあり、鬼河間と呼ばれていました。

 

この鬼河間の周辺には、小高い土手が巡らされ、二つあった湧水点は、それぞれ赤鬼(南)青鬼(北)と呼ばれていたそうです。

また、湧き出る水がとてもきれいだったため、飲料水や洗濯、用水など普段の生活に欠かせない場所でもあったみたいですね。

 

ただ、その一方で馬や女の子が、鬼河間に吸い込まれて命を落としたというちょっと怖い話も残っており、地元の人は子どもに近づかないように言い聞かせていたみたいです。

 

この鬼河間は、その後土地改良によって、道路の下に埋まってしまいましたが、跡地には、地域に恩恵を与えた鬼河間や、ここで命を落としたものたちを忘れないために、お地蔵さんが建立されました。

 

失ったものを思い出させてくれるということで、導き地蔵と呼ばれているそうです。

赤と青の前掛けは、赤鬼と青鬼だからですかね。

日吉遺跡の不思議な遺物。

2012.02.07

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養老町の日吉遺跡では、何に使ったのか分からない不思議なものがたくさん出土しています。

 

上の写真は、そんなものの一つで、紋様と赤彩を施した3cmくらいの土製品。

すぐに色褪せてしまいましたが、出土したときは、赤く光っていました。

 

気になるのは、その紋様と赤彩の構成。

下の画像のようなパレス壺のものとよく似ていますよね。口縁部もとれてしまっているだけで、あったかもしれません。

 

そのため、このことがこの遺物の性格を解明する手掛かりにならないかとも思いましたが・・

いまいちよくわかりません。

 

工事に伴う立会調査で出土したこともあり、出土地点の情報も乏しいです。

 

とりあえず、ひきつづき情報を収集したいと思います。

 

hutuunoparesutubo.JPG

酔竹さんの朱竹。

2012.02.06

suitikushutiku.JPG

 

 

先週の週末、養老町船附の紫雲山法覚寺(ほうがくじ)で、安田酔竹(やすだすいちく)が描いた朱竹(しゅちく)の絵を見せて頂くことができました。

 

安田酔竹は、明治23年(1890)に法覚寺の長男として生まれた人物で、笠郷地区の郷土資料でよく紹介されている郷土の画家です。

竹を題材とした作品が多かったみたいですね。

 

実は、私の家にも一つ知人に描いていただいた朱竹の絵があります。

ただ、酔竹さんのことを知るまでは、これが縁起のよいものとは知りませんでした・・

 

その方にお会いしたら、改めてお礼したいと思います。

節分の豆まき会

2012.02.03

H24setubun.JPG

 

 今日、養老町内の各幼稚園で豆まき会が行われました。

 

ぼくが今回お邪魔した、池辺幼稚園では、園児達が自分の中に住む、悪い鬼を発表し、その後、友達同士でお互いの鬼を追い払いました。

そして最後は、大豆を食べて、一年の健康を祈りました。

 

ちなみに、園児たちに取り憑いた鬼の多くは、怒りん坊鬼でした。

うまく退治できていれば、来週からの池辺幼稚園には、さらに笑顔が増えそうですね

オオカマキリの卵。

2012.02.02

ookamakiritamago120202.jpg

 

養老町でも、夕べから雪が降り続き、今朝は町中雪景色でした。

 

そのため、朝早く、わが家の庭で冬を越している、オオカマキリの卵の雪を払ってあげたのですが・・

カマキリの卵の気泡には、断熱効果があり、急激な外気温の変化にも対応できるようになっているそうです。

 

余計なお世話だったみたいですね。

 

ちなみに、これくらいの大きさから孵化するカマキリの数は、200~300だそうです。

私はまだ、カマキリが孵化する瞬間を見たことがないので、暖かくなるのが楽しみです。

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