養老町の歴史文化資源の発見・普及を目指して設立した当ホームページは、「私たちが暮らす養老町への関心を喚起すること」を目的に運営しています。




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昭和3年の象鼻山。

2010.12.28

ontaitenzoubi1.jpg

 

養老町橋爪で昔の象鼻山の様子を尋ねると、いつも「ハゲ山」と「マツタケ山」の話になります。

どうやら一昔前の象鼻山山頂では、遺跡の景観は保たれていて、眺望もとてもよかったようです。また、山中には赤松がたくさんあったみたいですね。

 

こうした話を聞いていると、当時の象鼻山は、山の資源が重要だったこともあり、地元の人たちにとってとても身近な存在であったことがわかります。

それに、象鼻山にたくさんの思い出があるんですよね・・

 

つい先日そんな象鼻山の風景を記録した写真をみることができました。

聞いていたとおりでした。

 

現在、象鼻山古墳群の発掘調査は進んでいますが、地元と象鼻山の絆には、まだ多くの課題を残しています。

これを少しでも多くクリアして、象鼻山をもう一度身近なものとして感じてもらうのが、来年の目標です。

みなさんはいかがでしょうか。

 

では、よい年をお迎え下さい。

 

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クチナシの実

2010.12.27

kutinasinomi.JPG

 

養老町高田の路地裏でクチナシの実を見かけました。

特徴的な形をしているのでよく目にとまりますが、赤い実を見たのは初めてでした。

 

おせちのきんとんに色つけをするときに、乾燥したものをよく使いますよね。

 

ついこのあいだ、梅雨の頃、甘い香りがする白い花を咲かせていたような気がしますが・・

 

いつのまにか今年も残り少なくなってきました。そろそろ、新年を迎える準備をしなければいけませんね。

報恩講

2010.12.24

 houonko.JPG

 

先日、養老説教場の報恩講の取材に行ってきました。

 

養老町には80以上のお寺があり、その多くが浄土真宗です。

浄土真宗のお寺にとって1年の内、最も重要な行事が、宗祖である親鸞聖人に感謝の意味で行われる報恩講です。養老町では12月から1月にかけて多く行われています。

 

聞き取り調査によると、昔は報恩講に大勢お参りにきており、露店が並んだり芝居小屋が立ったお寺もあったそうです。しかし、現在では参加者も減ってしまいました。

 

 

houonko2.JPG

 

また、新婦がお参りするという習わしが残っており、沢田真泉寺の門徒さんは、

「今年は白無垢のお嫁さんがお参りに来たよ。」

と仰っていました。

象鼻山発掘状況23

2010.12.22

44tr.JPG

 

年の瀬が近づく中、ようやく象鼻山36号墳の平面検出が終了しつつあります。

 

写真は、36号墳北側の調査区の全景で、右側が墳丘の表面です。

弥生時代の墳墓と古墳時代の墳墓の違いとして、墳丘の高さがよく問題になりますが・・この36号墳はかなり高い気がします。

 

詳細な検討は整理が始まってからですが、象鼻山の墳墓群は弥生~古墳時代への移行期を考える上で様々な情報を提供できそうです。

 

 

 

 

浄蓮寺の梵鐘(ぼんしょう)

2010.12.21

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養老町三神町にある浄蓮寺には、大変良い音が鳴るといわれる梵鐘があります。

「どんとなるのは浄蓮寺の鐘か 1里きこえて2里ひびく」

という里謡も残っているほどです。

 

この梵鐘は戦時中の鉄の供出をまぬがれていますが、それはこのためなのでしょうか…。

 

 

僕は大晦日に宿直なので、役場で年越しです。浄蓮寺の除夜の鐘が僕のところまで届いてくれることを期待しています。

タギゾウくんのデジタルコンテンツ

2010.12.20

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養老町教育委員会では、象鼻山古墳群にもっと気軽に 触れていただくため、タギゾウくんというキャラクターを使用したデジタルコンテンツを作っています。

 

写真は、そのためのモデルで、来年の4月に当HPで公開する予定です。

子ども達を意識したコンテンツなので、難しくならないように気をつけています。

 

気に入ってもらえるといいのですが…

雪の予感

2010.12.17

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今朝の養老山地の頂上付近は、薄っすら雪化粧していました。

先週の金曜日もそうでした。

 

養老町では、養老山地の頂上に雪が3回積もると、平野部でも雪が降るといわれています。

そろそろ雪対策が必要ですね。

 

ホワイトクリスマスだといいな。

昭和御大典

2010.12.16

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養老町教育委員会では古い写真の収集を行っていますが、少しずつ数が増えてきました。

 

今日も養老町橋爪の方から、4冊のアルバムをお借りすることができ、その中に昭和御大典の祝宴の写真を見つけました。この時は橋爪のほとんど人が象鼻山に登り、祝宴に参加したそうです。宴では、青年団や在郷軍人会が仮装をして神輿を担ぎ、参加者を楽しませました。

 

所有者の方はその様子を、

「祝宴は10日間も続き、花火も打ち上げられて、とても楽しかった。あんなに賑やかなお祝いをしたのは、御大典だけだ。」

と懐かしそうに語っていました。

ゆず湯

2010.12.15

yuzunomi.JPG

 

来週の水曜日は冬至です。

わが家では風邪をひかないため、その日はカボチャを食べて、ゆず湯につかります。

ゆず湯につかると体が温まるような気がしますよね。

 

ゆずの実は近所からもらいました。たくさんあるので、もう今夜からゆず湯にしようと思います。

ちなみにカボチャは、9月にうちでとれたものを大切に保存しておきました。

 

冬至まで何度かゆず湯を楽しみたいです。

昭和38年の遠足

2010.12.14

syouwa38nennnoennsoku.jpg

 

養老町教育委員会では、古い写真をお借りしてデジタル化しています。

 

この写真は、昭和38年の春に行われた広幡保育園の遠足で、養老公園に行ったときのものです。場所は、渡月橋のたもとの石碑の前です。

先日の聞き取り調査のときにお借りしたものですが、なぜか私も写っていました・・・

 

今でもそうですが、当時も保育園や小学校の遠足は養老公園でした。

桜並木がトンネルのようで、とても綺麗だったのを覚えています

 

みなさんのご家庭にも古い写真があれば、ぜひ教育委員会へ連絡ください。

ご協力よろしくお願いします。

象鼻山44号墳の被害状況。

2010.12.13

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先週のことですが、象鼻山44号墳の盗掘被害の状況が明らかになりました。

 

盗掘抗の規模は2.5×2.0mで、深さは1.1mです。

墳頂部のやや北東よりに掘削されていました。

 

盗掘抗の土層を観察するかぎり、埋葬施設への影響はなさそうなんですが、掘り起こした土の中に灰色の粘土が多量に含まれていたことが気になっています。

盗掘抗の掘削面にはこれが見あたらず、何が原因で掘り起こした土に、この山にない灰色の粘土が混じるのか、よい理屈にいきあたりません。

 

とりあえず、掘り起こした土の中に、遺物がないかどうかを確認してみるしかないですね・・

 

象鼻山51・53号墳の調査前全景。

2010.12.10

5153gou.JPG

 

今週は、51・53号墳の発掘調査に先立ち、関係する立木の除去を実施しました。

写真左が51号墳、右が53号墳です。

 

これまでの分布・測量調査では、それぞれ約14mと約16mの円墳と推定されていますが、さてどうでしょうか。 

来週からの掘り下げが楽しみです。

養老公園の丁石(ちょうせき)

2010.12.09

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以前、聞き取り調査の際に、養老公園と白石地区にある丁石の話を聞き、昨日、現地調査へ行ってきました。丁石とは、神社・仏閣、名所や史跡までの距離を示した石であり、1丁(109.09m)おきに設置された道標の一種です。

 

聞き取りでは、1丁から6丁までと10丁と12丁の8本が残っていると伺ったのですが、気に留めたことがなかったので、見つけるのに苦労しました。

 

 

3tyou.JPG

 

特に3丁の石は、昭和47年(1972)頃の滝谷改修工事の際、石垣に組み込まれてしまったそうで、教えてもらわなければ判りませんでした。

 

滝谷右岸、紅葉橋より上流の石垣の中にあるので、興味のある方は探してみてください。

 

 

 

 12taki.JPG

 

近くまで行ったので、滝を見てきました。

最近、寒さが増してきたので、年明けには雪が降るかもしれませんね。

 

雪化粧をした滝を見るのも楽しみです。

象鼻山発掘状況22。

2010.12.08

36goutubo.JPG

 

12月も中頃に近づき、象鼻山もずいぶん寒くなってきました。

今週も、先週に引き続き象鼻山36号墳の表面の検出を進めていますが、今度は北側の周溝から壺が出土しています。

 

このように墳墓の端から土器が出土することは、しばしばあることですが、象鼻山36号墳では1トレンチに1個体ずつ土器が出土しているのが気になりますね。

たまたま、土器があるところを掘ったのかもしれません・・

 

他に、44号墳の盗掘被害の状況も、明らかになってきました。

思ったよりも深く掘削されていましたが、埋葬施設への影響はなさそうで一安心しています。

 

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新ハツシモ 2

2010.12.07

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わが家では、11月の下旬から、新米を食べはじめました。

今年改良された新ハツシモです。うちで作りました。

昨年ほど収穫量はありませんでしたが、やっぱり美味しいです。

 

炊きあがったご飯は香りも良く、つやつやと輝いていて、酷暑の夏を越した古米とは比べものになりません。

少し前までは、新年を迎えたお正月に新米を食べていましたが、最近は保有米を少なくして、この時期に食べはじめています。贅沢でしょうか・・

 

 hirohatanoniji.JPG

 

先週末、田んぼに朝虹が架かっていました。

私としては珍しくシャッターチャンスを逃しませんでした。

鬼頭家の墓所。

2010.12.06

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宝暦治水工事に着任した薩摩義士に、工事の総本部となる土地建物を提供したのが、大牧(現在の養老町大巻)の鬼頭兵内です。兵内は、大牧新田の開拓者でもあり、91歳まで生きました。

 

先日の聞き取り調査で、この鬼頭家の墓所が、養老町大巻地内にあることを知りました。

墓石に刻まれた文字からも、ここが鬼頭家のものであることは間違いないようです。

 

 

 kitoukebohi.JPG

 

ただ、兵内本人の墓がここにあるかどうかは確認できませんでした。 

息子の七之丞は南濃町の円満寺に葬られていることもあり、少し慎重に検討したほうが良さそうです。

象鼻山発掘状況21。

2010.12.03

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今週は、象鼻山36号墳の墳丘表面の検出が進み、徐々にですが当時の姿が表れてきています。

そんな中、墳丘端から写真の土器が出土しました。

 

椀形高杯(わんがたたかつき)といわれる器で、とても丁寧に作られています。

お葬式に使用されたものでしょうね。

 

器にどのようなものを盛りつけたかは分かりませんが、器の特徴からお葬式の年代を絞り込むことは可能です。

とくに高杯とよばれる土器は、年代を絞り込みやすいのでありがたいですね。

 

この高杯、本来はお椀の部分と脚の部分があるのですが、出土したものはお椀の部分しかありませんでした。

ただ、少し前に、すぐ近くで脚の部分が出ていたので、ひょっとしたらくっつくかもしれませんね・・

 

試してみるのが楽しみです。

 

一生を公共事業に捧げた渋谷代衛(しぶやだいえい)

2010.12.02

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12月に入り紅葉も見頃を過ぎて、観光客で賑わっていた養老公園も、少し落ち着いたように感じます。

 

明治13年(1880)に開設された養老公園は、今年で130年を迎えました。このことから、多くの人々が養老公園を支えてきたことがわかります。その1人に養老町大野で生まれた渋谷代衛がいます。代衛は同志たちと共に資金を集め、養老公園に道路を新設。さらに、桜や楓を植えて景観の整備に取り組みました。

 

 

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この他にも様々な公共事業に尽力し、当時の金額で約5万円にのぼる私財を投じたといわれています。しかし、功績が自分の名誉となることを好まなかったため、功績の多くを他人に譲ってしまいました。

 

また、「母より先に寝たり、後に起きることはなかった」という逸話が残っており、その道徳心の高さを感じさせられます。

 

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その後、代衛は明治29年(1896)8月18日に亡くなりましたが、明治36年(1903)に有志によって、養老公園内の唐谷橋(からたにばし)付近に顕彰碑が建てられました。

 

 

渋谷代衛についてはこちらもご覧ください。

象鼻山44号墳の被害確認。

2010.12.01

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昨年、象鼻山44号墳は盗掘被害にあいました。

平成21年11月3日には土地所有者から被害届も提出されています。

象鼻山古墳群は地元の人によって定期的に見回りされているのですが、山中に入った場所であったため気がつかなかったようです・・

 

このため、今日から44号墳の被害状況を確認する作業を開始しました。

まずは、掘り返された土を集めるところからはじめています。

 

昨年の10月、この盗掘痕が発見されたときの憤りは、今でもよく覚えています。

これにより、失われたものほど、得られるものがあるとは思えませんが・・

被害が小さいことを願うのみです。

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