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佐竹 直太郎(さたけ なおたろう)

  • ■出生地:岐阜県郡上市和良(わら)
  • ■時代:明治4年-昭和21年(1871-1946)

佐竹直太郎は郡会議院、県会議員、衆議院議員等を務めた人物で、現在の郡上市に生まれ、明治4年、養老町高田に移り住みました。特に牧田川改修工事に尽力したことでよく知られ、当地域の治水事業に大きな功績を残しました。
牧田川は揖斐川の支流の1つで、下流域で小畑川・金草川が合流し、勾配が緩やかなため、水量が増すと逆流し、水害が絶えませんでした。
佐竹直太郎は昭和6年(1931)に多芸輪中・瀬田輪中・喜多輪中・大垣輪中の人々と「牧田川改修促進会」を結成。政府や県当局に改修工事を行うように何度も働きかけ、約3年後の昭和9年3月(1932)に遂に着工に至りました。太平洋戦争によって工事は一時中断されましたが、昭和25年(1950)に全ての工事が完了。これによって牧田川の逆流による水害は激減しました。佐竹直太郎は昭和21年に亡くなり、完成を見ることはできませんでしたが、高田橋のたもとに記念碑が建てられ、その偉大な功績を永久に称えています。
佐竹直太郎は議員としての能力を発揮するだけでなく、真利銀行、西濃貯蓄銀行、養老遊園株式会社取締役などを務め経済界でもその能力を発揮しました。
人柄は飾り気がなく無口で短慮な一面もありましたが、膝を交えて話をすれば、ユーモアに富む話術は巧みであったと伝えられています。

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記念碑など

  • ■ 佐竹直太郎翁之碑(養老町高田橋南)

参考資料

  • ■ 養老町 1978『養老町史 通史編 下巻』
  • ■ 養老町教育委員会 1991『郷土の治水-養老町-』

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